中宮の不動明王 2024.02.13 立神地区には三社があり、上流から立神龍神(上宮)・不動明王(中宮)・熊野座神社(下宮を番神とする)とある。不動明王は、悪魔を降伏するために恐ろしい姿であり、すべての障害を打ち砕き、おとなしく仏道に従わないものを無理矢理にでも導き救済するという役目を持っている、真言宗の教主「大日如来」の使者である
熊野座神社の神楽 2024.02.10 熊野座神社の秋の例祭が毎年十月九日に行われ、立神地区の人たちにより神楽が奉納される。祭りを執行するための組は、輪番制で宮座が主催する。 まず、八日のゴヤ務めから始まる。午後七時に、受前の宮座の家に組が集まり、神職と神楽方が「出立」の儀をおこなう。神楽の舞い手は、八~九歳の男の子一名を選び「神子
五つ穴横穴古墳(岩立横穴古墳群) 2024.02.10 横穴古墳とは、台地や河岸段丘の崖面に穴をドーム状に掘り、遺体を埋葬する墓のことである。それが数基から数百基にわたっているため、横穴古墳群といわれている。 この横穴群は、阿蘇溶結凝灰岩台地の北側崖面に位置する。馬蹄形の奥まったところに五基確認できることからこの名前がつく。しかし昭和五十一年の熊本県
立神熊野座神社 2024.02.10 祭神 速玉男神(はやたまおのかみ)伊弉丹神(いざなみのかみ)事解男神(ことさかおのかみ)御社殿 流造 十二坪九合六勺(本殿・幣殿・拝殿)境内地 百二十九坪四合八勺祭日夏祭 七月九日秋祭 十月九日 由緒創建は、景行天皇十三年八月(七四三年)で、平家の一族が社殿を
立神毘沙門天 2024.02.10 堂内厨子の中にあり、木造の寄せ木造りの立像である。脇侍に不動明王、脇仏三体を有しており右手に宝棒、左手に宝塔を持ち、邪鬼を踏みつけている。 毘沙門天は、四天王のうち最も由緒正しい神で、夜叉、羅刹の衆を率いて北方を守護する善神である。福徳の名が遠く聞こえるので〈多聞天〉、財を授けるので〈施財天〉ともい
立神天神 2024.02.10 「天神社」や天満宮は、全国で一万余りあるとされている。これは、学問の神として菅原道真を祭ったものである。道真は、平安時代の中ごろ、学者の家柄としては異例の出世をとげて右大臣にまでのぼったが、延喜元年(901年)、九州太宰府へ左遷されたことで知られる。 京都から船で宇治川を下って瀬戸内海を通って行った
立神六地蔵(町指定文化財) 2024.02.10 本村(立神村)にある六地蔵で、泉・東陽への追い分け(分岐点)の六地蔵ともいう。鎌倉、室町時代の作とおもわれ、天蓋裏に天人舞楽の色彩図がある珍しい六地蔵である。 六地蔵は、地蔵菩薩が、六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天界)の能化として説かれ、その信仰が発展して日本で考案された六人の菩薩(大
立神の由来 2024.02.10 八代平野の東部、八代海に注ぐ氷川沿岸の白嶽山の西方に位置する。石灰岩からなる空滝があり、「肥後の空滝・立神峡」と称され、昭和四十二年に五木五家荘県立自然公園に指定されている。 地名の由来については、岩壁の洞穴を穴洞(あなんどう)と呼び、「タチガミさん」とも呼び名して、立神(竜神)の集落名が起こ